文化施設の専門工事を担う、社長中心の小さな会社の転換期
現場で培った経験はこれからも生かしたい。ただし、自分が常駐して工事を回し続ける働き方は変えていきたい。ある専門工事会社の相談には、その二つの思いが重なっていました。
この会社は、文化施設の保存・展示に関わる内装工事などを手がけています。社長を中心とするごく小規模な体制で、職人を自社で抱えるのではなく、長く付き合いのある少数の協力会社と施工を進めています。社長自身の主な役割は、現場に常駐して工事全体を回す施工管理です。
社長は60代半ば。建物の土工事から仕上げ、防水まで携わった経験があり、現在の専門工事でも、前後の工程や他工種との関係を踏まえて現場を見ています。一方、繁忙期には昼夜の現場が重なり、自分が動ける時間が、そのまま会社の対応力の上限になっていました。
「あと何年、現場に出られるのか。そう長くはない」
この言葉は、建設の仕事から離れたいという意味ではありません。むしろ、施工で得た知識を、工事が始まる前の計画づくりや、完成後の維持管理にも生かしたいという希望でした。
目指しているのは、工事件数を増やし続けることではなく、数年をかけて仕事の中身と自分の役割を変えていくことです。
工事の受注先を増やすだけでは、計画段階を支える役割に移れない悩み
上流支援への移行で整理したいのは、「どこから工事をもらうか」よりも、「誰の、どの段階の判断を支えるか」です。新しい取引先ができても、依頼される仕事が現場常駐の施工管理であれば、働き方の基本は変わりません。
社長が望んでいたのは、単に別の元請けから施工を請けることではありませんでした。
「工事をやったら終わり、と思われがちだけど、メンテナンスや保守サービス、もっと言えば、計画を支える方にシフトしたい」
予算や仕様が固まった後の受注では、決まった条件をどう施工するかが中心になります。それに対して、社長が関わりたいのは、施設を使う人が何を必要としているのかを整理し、その機能を実現するために建築や電気設備をどう考えるか、という段階です。
ここを曖昧にしたまま「PMもできます」「相談にも乗れます」と伝えても、相手には従来と同じ工事会社として受け止められる可能性があります。PMという名称だけでは、要望整理を担うのか、建築・設備との調整を支えるのか、施工段階まで管理するのかが伝わらないためです。
また、竣工後の保守へ関係を広げることと、企画段階から関わることは、どちらも「工事をして終わらない」仕事ですが、相談を受ける時期も支援内容も異なります。まずは、この二つを分けて考える必要があります。
利用者の思いと建築・電気設備の条件をつなげる施工経験
上流支援に生かせる強みは、施工実績の多さだけでなく、利用者の要望と、それを実現する工事条件の両方を考えられることです。この社長の話には、その土台となる経験と問題意識がありました。
社長は、建物全体の工事に携わった経験について、次のように話しています。
「自分たちがここまでやらないと、次に渡せない。これをやるなら、先にこうしてもらわないといけない。そういう前後の工程を把握してから現場に入れる」
専門工事だけを見ているのではなく、他工種との関係まで捉えているからこそ、計画段階で確認しておきたい条件にも目が向きます。
さらに、仕事を選ぶときに重視していたのは、工事金額の大きさだけではありませんでした。棚一つであっても、木材や色味、納め方にこだわる相手と、納得のいくものをつくりたいという考えです。その延長に、施設の担当者の声を、仕様が固まる前に受け止めたいという希望がありました。
「担当者の思いや声が一つ。もう一つは、それを可能にするハード面。建築的な要素も、電気設備的なものもある」
この言葉が示しているのは、利用者の希望を聞くだけでも、設備の知識を伝えるだけでも十分ではない、ということです。必要なのは、何を実現したいのかという話と、それを建物としてどう成立させるかという話をつなぐ役割です。
一方で、現在の収益は施工の仕事に支えられています。専門性の高い施設工事には、着工まで半年以上、長ければ数年の見通しがあるため計画を立てやすい反面、工事の空白期間には収入の課題が残ります。将来の役割だけを先に変え、既存工事を一気に手放すことは、社長の実情に合いません。
機能要求を整理する支援範囲を決め、既存工事と並行して移る方針
施工会社から上流支援へ移るには、支援する相手と範囲を先に言葉にし、既存工事の予定と現場を任せる条件を合わせて考えることが出発点です。肩書きを変えるよりも、これまでの経験のうち、相手のどの判断に役立つ部分を提供するのかを明確にする方が、次の行動につながります。
最初に、施工経験のどこを支援として提供するかを決める
この会社の場合、上流支援の中心に置けるのは、施設の担当者が求める機能を整理し、それを建築・電気設備の条件につなぐ役割です。
自社の支援範囲を考える際には、次の三点に分けると整理しやすくなります。
- 利用者や施設担当者が、何を実現したいのかを整理すること
- その要望を実現するために、建築・電気設備の面で確認すべき条件を整理すること
- 前後の工程や他工種との関係を踏まえ、施工に入る前の調整を支えること
いずれも、社長が現場で扱ってきた知識の延長です。ただし、これらをすべて一括して引き受ける必要はありません。自分の経験で担える部分と、設計者や設備側との対話が必要な部分を分けておくことで、依頼する側にも役割が伝わりやすくなります。
「PMを請けます」ではなく、「利用者の要望を整理し、建築・設備側と確認する条件をまとめる支援です」と、実際に担う仕事で説明することが大切です。これは支援内容を整理するための表現であり、現時点でその業務が確立しているという意味ではありません。
次に、仕様が固まる前に対話すべき相手を選ぶ
計画段階から関わりたいのであれば、営業先も、工事の発注窓口だけでは足りません。
相談の中で挙がっていたのは、施設を使う担当者や運営責任者、行政などの発注担当者、設計事務所でした。文化施設であれば、学芸員や館長など、実際の使い方と必要な機能を語れる人が重要な相手になります。
ここでの判断軸は、相手の役職の高さではなく、「利用者の要望がまだ計画に反映できる段階か」「その要望を建築・設備の条件として話し合える相手か」です。
予算や仕様が固まった後の施工受注と、計画初期の支援を同じ開拓活動として扱うと、接点は増えても目指す仕事に近づかないことがあります。誰と会えるかだけでなく、どの段階の相談ができるかまで確かめたいところです。
既存の取引関係を大切にしている会社であれば、現在の施工の窓口を増やす活動と、計画段階の支援先を探す活動を分けて整理することも欠かせません。この社長も、従来の取引先への配慮から、直接営業を広く行ってはいませんでした。
竣工後の保守は、企画段階の支援とは分けて範囲を決める
保守・メンテナンスも、施工経験を生かして役割を広げる方向です。ただし、「完成後も何でも対応する」という形では、現場対応の負担が残る可能性があります。
まずは、施工後のどの相談に対応できるのか、そのうち社長自身が担う部分と、協力会社との連携が必要な部分はどこかを整理します。上流支援と同様に、名称ではなく、実際に提供する仕事の範囲を明確にする考え方です。
この会社では、保守サービスの具体的な内容までは固まっていません。したがって、収益の柱として見込む前に、支援範囲と対応体制を確かめる段階にあります。
既存工事の見通しと、社長が現場を離れられる条件を合わせる
移行の進め方は、新しい支援への需要だけでなく、既存工事で確保する収益と、社長の時間の両方で判断します。
この会社の施設工事は、比較的先の予定が見える仕事でした。その見通しを使い、どの時期は施工管理に集中するのか、どの時期に計画段階の相手との対話を進めるのかを合わせて考えます。空白期間をすべて別の常駐工事で埋めてしまうと、役割を変えるための時間は残りません。
また、現場を任せる人については、単に人数が増えればよいわけではありませんでした。
「結局、自分も一緒に行かなければならないなら、倍手間がかかる」
必要なのは、社長に同行する人ではなく、一定の施工管理を任せられる人です。経験に加えて、責任感や建築への関心も重視されていました。
新しい支援の見通し、既存工事から得る収益、現場を任せられる範囲の三つを見ながら、社長の仕事を段階的に移す。これが、現在の仕事を支えにしながら進めるための基本方針になります。雇用だけを先行させるのでも、新しい仕事が決まるまで体制を考えないのでもなく、両方の条件を並べて確認していく進め方です。
まとめ
現場に出続ける働き方を変えることは、施工経験を手放すことではありません。その経験を、工事前の判断や完成後の支援に使う方向へ、役割を広げることです。
今回の会社で見えていた強みは、利用者のこだわりを大切にする姿勢と、建物全体や前後の工程を踏まえて考えられる経験でした。それを上流支援につなげるには、施設運営者・発注担当者・設計者などと、機能や仕様を検討できる段階で対話し、何を支援するのかを具体的に伝える必要があります。
そのうえで、既存工事の収益を維持しながら、社長が現場以外の仕事に時間を使える条件を整えます。最初に整理したいのは、目指す肩書きよりも、「誰の要望を、どの段階で受け止め、どこまで実現を支えるか」です。
施工経験を、これからどの仕事に生かすかを整理するために
「計画段階から関わりたいが、何を支援として提供できるのか」「今の工事を続けながら、どこから役割を変えればよいのか」。方向性はあっても、具体的な進め方が決まっていない段階から整理できます。
ネクスゲートは、中小・専門工事会社の経営課題を、現場・採用・組織・原価・デジタル活用まで横断して捉え、実行まで支援しています。施工経験を生かした支援範囲の整理と、接点を持つ相手、現場を任せる体制を切り離さず、自社に合う移行の順番を一緒に考えます。
まだ「うちの場合はどう考えるべきか」という段階でも構いません。無理にサービスをおすすめするのではなく、まずは現在の仕事と、これから担いたい役割を伺います。