岐阜県で約20名を抱える建設会社に、建設業未経験の後継候補が入社する現在地
岐阜県で住宅関連工事、公共工事、リフォームを手がける約20名規模の建設会社があります。社長は60代後半。住宅関連工事を支える4名は、最も若い社員でも40歳前後で、ほかは50代後半が中心です。公共工事部門にも定年を迎えた再雇用者がおり、次世代づくりが課題になっています。
そこへ、親族である30代前半の男性が後継候補として入社することになりました。前職は証券会社。その後は、企業の決算書を読みながら事業同士を結びつける仕事に携わってきました。一方、建設業の実務経験はありません。
社長から出たのは、「来月から入ってくるんだけど、何をやらせたらいいのか」という率直な悩みでした。
現場経験を一から積ませるのか。経営や営業から任せるのか。通信教育で建築を学び、資格取得を目指してもらうのか。後継者を迎える最初の論点は、肩書を決めることではなく、本人の経験をどこで生かし、何を補うかを整理することです。
現場に放り込むか経営から任せるかを二者択一にできない役割設計
建設業未経験の後継者を迎えると、「まず現場を経験させるべきだ」という考えが出てきます。現場を知らずに、職人や施工管理者の判断を理解できるのか。社員から認めてもらえるのか。そう考えるのは自然です。
ただ、この会社では別の事情もあります。社長は後継候補について、「全部ホワイトカラーでやってきているから、現場に放り込んだら潰れちゃうと思う」と話していました。本人の適性を考えず、肉体労働から始めさせることへの懸念です。
しかも、現場の技術や施工管理は1年、2年ですべて身につくものではありません。社長自身も「現場を一つずつ覚えていったら、ずいぶん時間がかかる」と感じています。承継までの目安は5〜7年。時間は無限ではありません。
一方で、現場をまったく知らなくてよいわけでもありません。後継者には、工事の難しさ、資格者が担う責任、社員の技術力、受注できる工事とできない工事の違いを理解する必要があります。
必要なのは「現場か経営か」を選ぶことではなく、本人の強みを生かす主業務と、経営判断に必要な現場理解を並行して積む設計です。
後継者が目指す現場理解は、入社直後から職人と同じ技術を身につけることとは限りません。社長が考えていたのは、「上の立場から現場を見て回れる程度には理解し、資格を持つ人を採用し、その人たちから信用してもらえる状態」でした。この水準を明確にすると、初期配置を考えやすくなります。
一度目の承継失敗と、先代が採用した社員との関係が残す慎重さ
社長が役割設計に慎重なのは、以前にも親族を後継候補として迎え、退職に至った経験があるからです。「二度目の失敗はできない」という言葉には、本人だけでなく、既存社員への影響も含まれています。
社員から見れば、建設業未経験の親族が突然入社し、将来の社長候補として扱われることになります。入社直前の時点でも、社員にはまだ詳しい説明をしていませんでした。社長は「社員が『また親族か』と思うかもしれない」と気にしています。
この不安には、社長自身の承継経験も影響しています。先代が採用した社員に対して、後から経営に加わった自分が指示を出すと、衝突が起きて退職につながることがありました。一方、自分が採用した社員は長く残っているといいます。
「誰に入れてもらったかは、社員にとって大きい」という実感です。
そのため、後継者が既存社員との関係を築くことに加え、自ら採用に関わる意味も大きくなります。採用を通じて会社の歴史や強みを言葉にし、「どのような会社にしたいか」を考えることになるからです。後継者が採用した若手が増えれば、承継後の組織基盤にもなります。
事業承継は、社長の肩書を切り替える日ではなく、後継者が社員との関係と自分の経営基盤を数年かけてつくる過程です。
前職の金融経験を起点に、現場理解と権限移譲を5〜7年で進めるロードマップ
最初に任せる仕事は、建設業での経験年数ではなく、後継者がすでに持つ力から考えるのが現実的です。この後継候補には、証券会社での経験、決算書を読む力、企業の事業を整理する経験、営業経験があります。
この強みを生かすなら、初期の主業務は次の領域が考えられます。
- 自社の決算内容と部門別の事業構造の把握
- 社長と一緒に進める中期経営計画の作成
- 採用する人物像と自社の魅力の整理
- 採用活動や面接への参加
- 住宅関連工事、公共工事、リフォームの現場同行
- 通信教育による建築知識の習得と資格取得の検討
後継者の初期配置は、経営・採用を主業務に置き、現場同行と学習を副線として走らせる形が合っています。
進め方は、5〜7年を一つの期間として、段階を分けると整理しやすくなります。
入社初期|役割を仮置きし、社員への説明をそろえる
入社時点で「次期社長」とだけ伝えると、本人にも社員にも余計な構えが生まれます。まずは社長と後継者が、入社の目的、当面の担当、現場との関わり方をそろえることが先です。
社員への説明では、少なくとも次の点を共有します。
- なぜ入社するのか
- 最初に何を担当するのか
- 現場をどのように学ぶのか
- 現時点で持つ権限と、まだ持たない権限
- 社長が引き続き判断する領域
ここを曖昧にすると、社員は後継者の発言をどこまで受け止めるべきか判断できません。入社時の説明では、後継者であることを隠さず、同時に「すぐにすべてを任せるわけではない」と伝えることが重要です。
1年目前後|経営数字をつかみながら、現場を見る量を増やす
後継者は、決算書を読むだけでなく、数字と現場を結びつけて理解する必要があります。住宅関連工事はなぜ少人数で回せるのか。公共工事はなぜ資格者がいないと受注できないのか。リフォーム部門はなぜ会社の柱として育ち切っていないのか。現場同行を通じて、数字の背景を確認します。
現場で職人と同じ作業を一から習得することだけが目的ではありません。工事の流れ、品質上の要所、必要資格、社員ごとの役割を理解し、分からないことを現場の社員に聞ける関係をつくることが大切です。
並行して、通信教育などで建築の基礎を学び、目指す資格を決めます。資格は後継者自身が現場を抱え込むためではなく、判断に必要な共通言語を持つための手段として考えます。
2〜3年目|採用と経営計画に責任を持ち、自分の組織基盤をつくる
この会社では、若手採用と後継者育成が別々の課題ではありません。既存社員の高齢化が進むなか、後継者が採用活動に関われば、将来自分と一緒に会社を動かす人材を迎えることにつながります。
社長が期待していたのも、「後継者が採用した社員だ」という関係を少しずつつくることでした。採用する人物像を決め、自社の歴史や強みを整理し、面接にも参加する。これらは採用実務であると同時に、後継者が会社を理解する機会になります。
中期経営計画も、社長が完成品を渡すのではなく、後継者と一緒につくります。どの事業を維持し、どこを伸ばすのか。資格者を外部採用するのか、未経験者を育てるのか。社長の頭の中にある判断を、後継者が使える言葉に変えていきます。
4年目以降|権限を領域ごとに渡し、社員が判断に迷わない状態をつくる
権限移譲は、社長交代の日にまとめて行うものではありません。採用、経営計画、予算、部門運営など、領域ごとに後継者の決裁範囲を広げます。
判断軸は、単に年数が経過したかどうかではありません。
- 現場社員から必要な情報を集められるか
- 資格者や技術者の判断を尊重できるか
- 数字をもとに事業判断ができるか
- 採用した社員との関係を築けているか
- 社長と異なる意見を、社員に混乱を与えず調整できるか
この状態を確認しながら、5〜7年を目安に代表交代へ進みます。先代の役割は、仕事をすべて教えることではなく、後継者が判断できる環境と、社員が後継者を受け入れやすい関係を残すことです。
まとめ
建設業未経験の後継者を迎えるとき、現場から始めるか、経営から始めるかを一律に決める必要はありません。
今回のように、金融、決算分析、法人営業の経験があるなら、その強みは最初から経営に生かせます。一方で、現場を理解しないまま経営だけを担うのも難しいため、現場同行、建築の学習、資格取得を並行させます。
主業務は本人の強みから決め、現場理解は経営判断に必要な水準まで計画的に積み上げる。これが異業種出身の後継者を迎える基本設計です。
さらに、既存社員への説明、後継者自身の採用参加、中期経営計画づくり、領域ごとの権限移譲を重ねれば、代表交代を一日の行事ではなく、数年かけた組織づくりとして進められます。
自社に合う承継ロードマップから整理する
後継者の前職、現場の年齢構成、資格者の状況、先代が持つ判断基準によって、最初に任せる仕事は変わります。「うちの場合は経営からでよいのか」「現場をどこまで経験させるべきか」という段階から整理しても問題ありません。
ネクスゲートでは、中小・専門工事会社の経営課題を、現場、採用、組織、原価、デジタル活用まで横断して整理し、後継者の役割設計や経営計画づくり、その後の実行まで支援しています。後継者ご本人を交え、先代との役割分担から話を始めることも可能です。
無理に支援を勧めることはありません。まず何から整理すべきか分からない段階でも、現在地を確認するところからお話しいただけます。