前提

東海地方で長年施工を担ってきた約10人の専門工事会社に迫る世代交代

東海地方にある、約10人規模の専門工事会社です。地域の住宅工事を長年担い、現在の社長は2代目。年齢は60代前半です。

社内には30代から50代の社員がいます。社長と同世代の専務もいます。ただし、親族内に3代目となる後継者はいません。

社長の言葉は明確でした。

「うちは初代、2代目と来たけれど、3代目がいない。同族企業としては、もう次がないんです」

会社を続けるなら、親族以外の誰かに渡す必要があります。一方で、誰が引き受けるのか。その人に経営を任せられるのか。まだ答えは出ていません。

加えて、引退までの時間も無限ではありません。

「65歳で何かを変えるなら、あと数年です。専務に渡すにしても、1年、2年のうちに動かないと、専務が経営できる期間も短くなってしまう」

事業承継の期限は、現社長の引退年齢だけでなく、後継候補者が経営を担える残り時間からも逆算する必要があります。

課題

社員承継・第三者承継・M&A・廃業の着地点を決められない状態

最大の課題は、後継者がいないことそのものではありません。会社をどの形で残すのか、その着地点を決める材料がまだ揃っていないことです。

考えられる選択肢は、大きく分けて次の4つです。

  • 専務や社員に経営を任せる社員承継
  • 社外から経営者を迎える第三者承継
  • 他社へ会社や事業を引き継ぐM&A
  • 会社をたたみ、従業員や協力会社の行き先を整える廃業

この会社では、社員の中から代表者を出す案が以前からありました。ただし、候補者本人が本当に経営を引き受けたいのかは、まだ固まっていません。

「今いる社員が、どれくらいやる気があるかによるじゃないですか」

この言葉には、事業承継の難しさがよく表れています。勤続年数が長い。現場を知っている。社内から信頼されている。それだけで社長を任せられるとは限りません。

経営者になれば、施工だけでなく、受注、資金、雇用、取引先との関係まで背負います。本人の意思を確認しないまま「次は専務」「次は課長」と決めても、引き継ぎは進みにくくなります。

一方、社員承継が難しいからといって、すぐM&Aに決めるのも早いかもしれません。会社名義の土地や建物、金融資産などがあり、それを事業と一緒に引き継ぐのか、切り離すのかによって条件が変わるためです。

後継者探しと資産整理を別々に進めるのではなく、「誰に何を渡すのか」を一つの承継設計として考える必要があります。

背景

社長個人に結びついた取引関係と会社保有資産が引き継ぎを複雑にする構造

事業承継が難しくなる背景には、長年かけて築いた会社だからこその事情があります。

一つ目は、取引関係が社長個人に強く結びついていることです。

「自分がいなくなったら、今までの関係者が同じように付き合ってくれるとは限らない」

長く続く建設会社では、発注元、協力会社、職人との関係が、契約書だけで成り立っているわけではありません。「あの社長だから付き合っている」という信用も含まれています。

そのため、肩書だけを新社長へ替えても、受注や施工体制がそのまま残るとは限りません。現社長が元気なうちに後継候補者を取引先へ紹介し、実際の調整や判断を経験してもらう期間が必要です。

二つ目は、会社の価値が決算書の利益だけでは測れないことです。

この会社には、30代から50代の社員がいます。長く付き合ってきた職人や協力会社もいます。現社長には、「会社を何とか続けてほしい」「従業員には十分な退職金を払いたい」という思いがありました。

「自分はもう、お金が欲しいわけではないんです。会社を何とか続けて、みんなにきちんと返したい」

承継条件を売却額だけで考えていないことが分かります。社員の雇用を守ること。協力会社の仕事を急に途切れさせないこと。会社が培った施工力を残すこと。これらも重要な条件です。

三つ目は、土地や建物、金融資産など、事業以外の資産が会社内にあることです。

会社を引き継ぐ相手にすべて渡すのか。一部を事前に整理するのか。退職金の原資にするのか。資産の扱いによって、社員承継の実現性もM&Aの条件も変わります。

退職金も、直前に決めて終わる話ではありません。相談の中でも、「十分な退職金を用意するなら、給与との関係も含めて2、3年単位で考える必要がある」という認識が出ていました。

事業承継は社長交代の手続きではなく、取引、権限、株式、退職金、会社保有資産、雇用を同時に組み直す経営課題です。

解決

65歳から逆算し、候補者確認と資産整理を並行して進める承継準備

最初から社員承継かM&Aかを一つに決める必要はありません。まずは複数の選択肢を残したまま、判断材料を揃えていく進め方が現実的です。

1.経営者が残したいものを先に決める

最初に整理したいのは、「誰に渡すか」よりも「何を残したいか」です。

例えば、次の条件には優先順位があります。

  • 会社そのものを存続させたい
  • 社員の雇用を守りたい
  • 協力会社との取引を残したい
  • 既存の取引先との施工体制を維持したい
  • 社名や地域での信用を残したい
  • 現経営者や役員の退職金を確保したい
  • 土地や建物などの資産を会社から切り離したい

すべてを同時に満たせるとは限りません。だからこそ、譲れない条件と調整できる条件を分けます。

承継方法は「会社を売れるか」ではなく、「何を残したいかを最も実現できるか」で選びます。

2.社内候補者の意思と適性を分けて確認する

専務や社員を候補にする場合、最初に確認するのは本人の意思です。

「社長をやってほしい」と結論を迫るのではなく、経営を担う意思があるか、どこに不安があるか、どの条件なら検討できるかを聞きます。

そのうえで、適性を実務の中で確かめます。見るべきなのは、現場の技術力だけではありません。

  • 発注元との調整を任せられるか
  • 社員や職人に方針を伝えられるか
  • 受注量と人員配置を見て判断できるか
  • お金や会社保有資産の話から逃げずに向き合えるか
  • 判断が難しいときに周囲へ相談できるか

意思があっても、経験が足りない場合はあります。それは候補から外す理由ではありません。引退までに何を経験してもらうかを明確にする材料になります。

3.肩書ではなく、実務から権限を移す

後継候補者が決まったら、社長就任まで待たずに権限移譲を始めます。

取引先との定例連絡、見積もりの判断、社員配置、協力会社との調整など、現在社長が担っている仕事を洗い出します。そのうえで、後継候補者が主担当となり、現社長が横で支える形へ変えていきます。

取引先にも早めに紹介します。「将来の後継者です」と発表するだけではなく、実際の打ち合わせや判断の場に同席してもらうことが大切です。

権限移譲は肩書を渡す日ではなく、現社長がいるうちに後継者名義の信用を積み上げる期間です。

4.株式・退職金・会社保有資産を一覧にする

人の引き継ぎと並行して、財務面を整理します。

確認したいのは、株式の保有状況、役員退職金、会社名義の土地や建物、金融資産などです。それぞれについて、次の扱いを検討します。

  • 後継者へ引き継ぐもの
  • 承継前に整理するもの
  • 退職金などに充てるもの
  • 事業と切り離して保有するもの

ここが曖昧なままだと、社員に引き継いでもらいたくても負担が大きくなります。M&Aでも、事業に必要な資産とそうでない資産が混在し、条件を決めにくくなります。

税金だけを減らす視点ではなく、承継後の会社に何を残すかという視点で整理します。具体的な手続きは、税務や法務を確認できる関係者と連携しながら進めると安心です。

5.社員承継が難しい場合の出口も同時に持つ

社員候補者に意思がない。権限移譲を進めても経営を担うのが難しい。そうした可能性もあります。

その場合に備えて、社外人材への承継、M&A、事業の一部譲渡、廃業も並行して比較します。大切なのは、社員承継が成立しなかった時点から慌てて探し始めないことです。

M&Aを選ぶ場合も、売却額だけではなく、次の条件を確認します。

  • 従業員の雇用がどうなるか
  • 協力会社との関係を引き継げるか
  • 既存取引を継続できるか
  • 会社保有資産をどう扱うか
  • 現経営者が承継後にどこまで関与するか

廃業を選ぶ場合も同様です。社員や職人の受け入れ先を探し、進行中の工事や取引先への対応を整える時間が必要です。

社員承継、第三者承継、M&A、廃業は、最後まで競わせて比較できるように準備しておくほど、納得できる着地点を選びやすくなります。

まとめ

親族内に後継者がいない建設会社では、事業承継を「次の社長を一人決める話」にすると動きにくくなります。

今回のように現社長が60代前半で、65歳を一つの節目として考えるなら、準備はすでに始めてよい時期です。後継候補者も同世代に近い場合は、なおさら早めの確認が必要です。

進め方の軸は、次のとおりです。

  • 残したい会社の姿と譲れない条件を決める
  • 社内候補者の意思と適性を確認する
  • 取引先対応や経営判断の権限を少しずつ移す
  • 株式、退職金、土地、建物などを整理する
  • 社員承継以外の選択肢も並行して比較する
  • 従業員や協力会社の処遇まで含めて着地点を決める

数年あるうちに選択肢を増やし、経営者が元気なうちに一つずつ試すことが、会社を残す可能性を高めます。

会社を誰にどう残すか、選択肢の整理から始める

「うちの場合は社員に任せられるのか」「M&Aまで考えるべきか」「土地や株式をどう整理すればよいか」。事業承継は論点が重なりやすく、社内だけでは順番を決めにくいものです。

ネクスゲートでは、中小・専門工事会社の経営課題を、現場、採用、組織、原価、デジタル活用まで横断して整理し、実行まで支援しています。事業承継についても、後継候補者や従業員の状況、取引構造、会社保有資産を確認しながら、次に何を整理するべきかを一緒に考えます。

承継方法が決まっていない段階でも、現在地と選択肢を整理するところから始められます。無理に特定の方法を勧めることはありませんので、話を整理する相手が必要なときにお声がけください。

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