社長と協力会社で設備工事を回す会社の、最初の社員への誘い
仕事ぶりを知る相手に声をかけていても、親しさだけでは入社の判断まで進まないことがあります。 佐賀県を拠点に設備配管を中心とした工事を手がける、ある専門工事会社も、その段階にありました。
個人事業から法人化し、仕事量が増えてきたものの、これまで社員を雇った経験はありません。社長自身が現場に入り、協力会社にも依頼しながら、複数の現場を回してきました。今後は地元の仕事を残しつつ、交通の便がよい場所へ本社機能を移し、九州の広い範囲で動ける会社にしていく構想があります。
その最初の仲間として、以前の勤務先で一緒に働いた知人に声をかけていました。互いの仕事ぶりを知り、同じ目線で比較されながら働いてきた相手です。社長によれば、相手は現職に不満があり、次のようにも話しているそうです。
「辞めて、またこの仕事をするんだったら、そちらに行きます」
ただ、誘いは続けているものの、入社の意思決定には至っていません。社長には「自分と一緒に仕事をしたいと思ってもらいたい」という思いがある一方で、最初の採用だからこそ、すぐに辞められるような行き違いは避けたいという事情もありました。
「転職するなら行く」と「入社を決められる」の間にある情報の不足
現職への不満、自社への好意、転職を決める意思は、それぞれ分けて確認する必要があります。 「転職するなら」という言葉は、転職先の候補として信頼されている表れではあっても、今の会社を辞める決断そのものではありません。
この相談で確認できたのは、社長が相手を誘っていることと、相手から好意的な言葉が返ってきていることです。一方、本人が何にためらい、何が分かれば判断できるのかは、まだ明確ではありませんでした。現職への不満があっても、それだけで新しい会社で働く見通しまで立つわけではないのです。
社長は待遇についても、安い給与で迎えるつもりはなく、少なくとも相場程度は出したいと考えていました。ただ、社員が増えたときに、どれほど仕事を回せるようになるかは、まだ読み切れていません。
ここには、最初の採用ならではの難しさがあります。会社側も初めてのことが多く、すべての将来像を確定させてから誘うのは簡単ではありません。それでも相手には、生活を変える判断に必要な情報が要ります。
「来てほしい」という意思を伝えることと、「来た後を判断できる説明」をすることは別です。 任せたい仕事、給与や手当、事業拡大に伴う働き方が、どこまで具体的に共有されているかを確かめるところから整理できます。
挑戦してきた社長と、生活の見通しも考える候補者の立場の違い
経営者自身が引き受けてきた挑戦と、社員として入社する人が求める見通しは、同じではありません。 この違いを踏まえると、相手が動かない理由を「気概が足りない」「決断が遅い」だけで捉えずに済みます。
社長は独立以来、先のリターンが読めない中でも、自分で事業を進めてきました。その経験から、知人の慎重さに物足りなさを感じる面もあったようです。ただ、同時にこうも話しています。
「そのリスクを背負えとは言いませんけど」
相手には家庭もあります。とはいえ、家庭があるから転職できないとも、安定だけを優先しているとも、本人への確認なしには決められません。大切なのは、社長と同じ挑戦意欲があるかを試すことより、相手が働くうえで何を大事にしているかを知ることです。
また、社長が思い描く事業拡大も、短い説明では意図が十分に伝わらない内容でした。本社機能を移す構想には、地元を離れて仕事を切り替えるのではなく、既存の取引を大切にしながら広域へ動きやすくする狙いがあります。
「地元でお世話になった企業を捨ててまで、離れるつもりはないんです」
この説明があって初めて、地元の仕事と広域展開をどう両立したいのかが見えてきます。長く付き合いがある相手でも、会社の将来に関する考えまで共有できているとは限りません。
人柄を知っていることと、雇用する側として何を任せ、何を約束するかが伝わっていることは、分けて考えたい点です。 親しさは対話の土台になりますが、条件や方針の説明を省く理由にはならないのです。
一対一で迷いを確かめ、役割と待遇と将来像を具体化する対話
次の誘いでは、入社の返事を求める前に、相手が判断するために足りない情報を確かめます。 誘う言葉を強くするよりも、相手の迷いと会社側の説明を一つずつ対応させる進め方が、この相談には合っています。
まずは現職への不満と、転職をためらう理由を分けて聞く
一対一で話す際には、現職の不満を聞くだけで終わらず、働き続けるうえで重視していることや、自社に移る場合に気になることまで確認します。
聞く観点は、大きく次の三つです。
- 現職の何を変えたいと思っているのか
- 次の職場でも大切にしたいことは何か
- 自社への入社を考えるうえで、まだ分からないことは何か
これらは、相手を説得するための質問ではありません。「今の会社が嫌な理由」と「自社に移る判断ができない理由」を切り分けるための確認です。 前向きな言葉の意味も、社長の推測ではなく、本人の考えとして確かめていきます。
「一緒にやろう」を、任せたい役割と待遇に置き換える
相手の重視することを聞いたうえで、会社側からは、最初の社員として何を任せたいのかを具体的に伝えます。
この会社の場合、これまでは社長と協力会社で工事を回してきました。そこで社員を迎えるなら、単に人手を増やしたいのか、社長と分担して現場を任せたいのか、将来の拠点を支える人になってほしいのかを、社長自身が整理する必要があります。役割によって、相手が引き受ける責任も、必要な待遇の説明も変わるためです。
給与や手当についても、「相場くらいは出すつもり」という考えから、本人に提示できる条件へ具体化します。役割と待遇は別々に話すのではなく、どの仕事を、どの条件でお願いしたいのかをつなげて伝えます。
相手に期待する役割が大きいほど、その期待を言葉にし、待遇と併せて判断してもらうことが大切です。 親しいからこそ分かってくれるはず、という部分を減らしていきます。
事業拡大の理由を、相手の将来の働き方につなげる
会社の目標は、働く人にどう関係するかまで説明して初めて、入社の判断材料になります。
九州へ施工範囲を広げたいという構想であれば、なぜ本社機能を移すのかに加え、入社する人には地元での仕事を任せたいのか、広域の仕事にも関わってほしいのかを整理します。社長の移転構想と、本人に求める働き方を曖昧なまま重ねないことがポイントです。
この会社には、地元の取引を守りながら、より広い地域へ展開したいという考えがありました。その理由を伝えたうえで、候補者自身がどのように働いていきたいかを確認すれば、同じ将来像を描ける部分と、すり合わせが必要な部分を見つけやすくなります。
約束できることと、まだ決まっていないことを分ける
最初の採用では、社員が増えた後の生産性や、その先の組織の形まで確実に見通せないこともあります。そこを無理に言い切るのではなく、現時点で提示できる条件と、事業の進み方によって変わる構想を分けて説明します。
判断軸は、「魅力的に聞こえるか」よりも、「相手が期待してよい範囲を誤解しないか」です。 給与や任せる仕事など、入社の前提となる部分に答えが出せないなら、まず会社側で整理します。一方、将来の展開は構想として伝え、その実現が確約ではないことも共有できます。
対話の後に残った論点があれば、何を確認すれば判断できるのかを双方でそろえます。条件が合わない場合や、本人が今は転職を考えていない場合も、その意思を受け止めることが、納得できる採用につながります。
まとめ
「転職するなら御社へ」という言葉は信頼の表れでも、入社の決断とは別です。 現職への不満や社長との親しさだけでは、新しい会社で働く見通しはそろいません。
次に進めたいのは、相手の気概を確かめることではなく、一対一で迷いや重視することを聞き、任せたい役割、待遇、事業拡大の理由、将来の働き方を具体的に伝える対話です。その際には、約束できることと未確定なことを分けて共有します。
社長の「一緒に働きたい」という思いは、そのまま大切にしてよいものです。そこに、相手が自分の仕事と生活に照らして判断できる情報を添えることが、次の誘いで取り組める一手になります。
知人への誘いで、何から具体化するか迷ったときに
「声はかけているけれど、何が伝わっていないのか分からない」「最初の社員に任せる仕事や条件を、どう整理すればよいか迷う」。そうした段階でも、採用の進め方を相談できます。
ネクスゲートは、中小・専門工事会社の経営課題を、現場・採用・組織・原価・デジタル活用まで横断して整理し、実行まで支援しています。知人への採用の誘いについても、会社の現状と候補者に伝えたい内容を整理し、役割や待遇の具体化、対話の進め方を一緒に考えます。
入社を急いでもらうためではなく、双方が納得して判断できる状態をつくるための相談先としてご活用ください。無理にサービスをおすすめすることはありませんので、「うちの場合はどう考えるべきか」というところから、お気軽にお話しください。