前提

売上約8,000万円・7名体制で事業拡大を目指す電気工事会社

ある電気工事会社は、創業7期目を迎え、経営者と親族、経験者、複数の育成中メンバーを含む7名程度で現場を回していました。今後の事業拡大を見据え、さらに人を増やしたい意向があります。

一方で、採用したい人材像を整理すると、「資格を持っていて、現場を一人で任せられる人」が第一候補でした。年齢は若いほうが望ましいものの、優先したいのは現場を任せられる経験と技術です。

ただ、経験者採用には相応の給与や採用費がかかります。未経験者であれば採用時の条件は調整しやすくても、独り立ちまでの教育期間が必要です。

さらに、すでに社内では新人を教えている最中でした。経営者からも「今は新人を教えている状態で、あまり利益が出ていない。覚えてくれれば利益が出てくると思う」という率直な話がありました。

人が足りないことと、今すぐ追加採用すべきことは同じではありません。採用の可否は、現在の利益と育成余力をセットで見て判断する必要があります。

課題

売上は分かっていても採用に使える金額を決められない状態

この会社では売上規模は把握できていましたが、粗利率について尋ねると、「そこまでちゃんと見ていなかった。利益が出ているかというと、どっこいどっこいです」という回答でした。

ここで採用判断を難しくしていたのは、売上の不足ではありません。一人を採用したときに、会社へいくらの利益を残せるのかが見えていないことです。

過去の売上と施工体制から単純計算すると、一人当たりの年間売上はおよそ1,400万〜1,800万円と推定できました。ただし、一人当たり売上が分かっても、それだけでは採用にいくらかけてよいかは決まりません。

売上からは、材料費や外注費、現場経費などが差し引かれます。加えて採用後しばらくは、本人の給与や社会保険料が発生する一方、十分な売上をつくれない可能性があります。教育担当者が新人についている時間も、既存の生産力に影響します。

採用にかかる負担は、求人広告費や紹介手数料だけではありません。

  • 採用時にかかる求人費・紹介費
  • 独り立ちまでの給与・社会保険料
  • 資格取得や教育にかかる費用
  • 教育担当者の生産時間が減る影響
  • 現場を任せられるまで売上が立ちにくい期間

採用費だけを見て「高い・安い」を判断すると、採用後に必要な運転資金と教育負荷を見落とします。見るべきなのは、独り立ちまでを含めた総投資額です。

背景

育成中の社員がいるなかで即戦力を求めたくなる収益構造

この会社が即戦力を求めていた背景には、すでに複数の社員を育成している事情がありました。

未経験者を採用すると、少なくとも一定期間は一人で現場を任せられません。電気工事では資格の有無だけでなく、施工品質、安全面、現場での判断力も必要です。対話の中では、独り立ちまで半年程度かかる可能性も想定されていました。

育成期間中は、新人本人の生産性だけでなく、教える側の稼働も下がります。少人数の会社では、教育担当者が現場の中心人物であることも珍しくありません。その人が教育に時間を使えば、短期的には会社全体の施工量や利益が伸びにくくなります。

そのため、「次は一人で現場を任せられる経験者が欲しい」という判断は自然です。ただし、即戦力人材は採用競争が強く、希望年収も高くなりやすい傾向があります。人材紹介を利用すれば、年収に連動した成功報酬も必要です。

つまり、即戦力採用と未経験者採用には、次の違いがあります。

判断項目

即戦力人材

未経験者・若手人材

採用時の負担

給与・紹介費が高くなりやすい

比較的調整しやすい

売上への貢献

早期に期待しやすい

独り立ちまで時間がかかる

教育負荷

比較的小さい

大きくなりやすい

採用難易度

高い

対象を広げやすい

定着後の効果

現場を早く任せやすい

自社のやり方を身につけてもらいやすい

即戦力は「採用時に多く払って、立ち上がりを早める選択」、未経験者は「時間と教育力を投じて、将来の戦力をつくる選択」です。

どちらが正しいという話ではありません。現在の利益、受注量、教育担当者の余力によって、適した選択は変わります。

解決

一人当たりの利益貢献と独り立ちまでの資金を12か月で試算する方法

採用を決める前に、まず一人を増やした場合の収支を12か月単位で試算します。精緻な管理会計を最初から整える必要はありません。現時点で分かる数字を使い、判断できる状態をつくることが先です。

1.直近の粗利を工事別または月別に確認する

最初に確認したいのは、売上ではなく粗利です。直近6〜12か月について、売上から材料費、外注費、その他の直接原価を差し引き、どれだけ残ったかを確認します。

会社によって労務費を原価に含めるかどうかは異なるため、社内で使っている会計基準に合わせて構いません。重要なのは、同じ基準で継続して比較できることです。

まずは次の数字を並べます。

  • 月別の売上
  • 月別の粗利額と粗利率
  • 現場に出ている人数
  • 一人当たりの売上と粗利
  • 給与や社会保険料を含む人件費

売上を人数で割るだけでなく、粗利を人数で割ることで、採用後に会社へ残せる金額の目安が見えてきます。

2.独り立ちまでの売上を段階的に置く

未経験者が入社直後から既存社員と同じ売上をつくる前提にすると、採用投資を楽観的に見積もってしまいます。

たとえば独り立ちまで半年を想定するなら、1〜2か月目、3〜4か月目、5〜6か月目、独り立ち後という形で、売上と粗利の見込みを段階的に置きます。

あわせて、教育担当者の稼働がどれだけ減るかも確認します。厳密な金額を出しにくい場合は、「週に何時間教えるか」「担当できなくなる現場があるか」という整理でも十分です。

採用後の収支は、新人がつくる売上だけでなく、教える人の生産性低下まで含めて見ることが大切です。

3.即戦力・未経験者・採用延期の3案を比較する

採用判断は、採るか採らないかの二択にしないほうが整理しやすくなります。

  • 即戦力を採用し、早期に現場を任せる
  • 未経験者を採用し、半年程度かけて育成する
  • 現在の育成中メンバーが独り立ちするまで採用を待つ

現在の社員教育によって利益が圧迫されているなら、3つ目の「いったん待つ」も前向きな経営判断です。今いる社員が現場を任せられる状態になれば、教育担当者の負荷が下がり、次の採用を受け入れやすくなります。

一方、任せきれない案件が継続的にあり、採用後すぐに配置できる現場も確保できているなら、採用費が高くても即戦力を選ぶ合理性があります。

採用時期は、人が欲しい時期ではなく、「仕事・利益・教育担当者」の3つがそろう時期から逆算します。

4.採用を始める条件を先に決める

感覚で採用を始めると、応募が来た段階で条件が揺れやすくなります。求人を出す前に、最低限の基準を決めておくと判断しやすくなります。

確認したいのは、次の4点です。

  1. 独り立ちまでの人件費と採用費を賄える資金があるか
  2. 採用後に任せる仕事が継続的にあるか
  3. 誰が、どのくらいの時間を使って教えるか決まっているか
  4. 何か月目までに、どの仕事を任せるか設定できるか

この基準を満たさない場合は、採用活動を全面的に止める必要はありません。候補者との接点づくりや募集条件の整理を進めながら、現在の社員が独り立ちする時期を待つ方法もあります。

採用投資は、応募を集める施策より先に、採用後の収支と受け入れ体制を決めておくと失敗を減らせます。

まとめ

人手不足の建設会社では、「良い人がいたらすぐ採りたい」と考えるのは自然です。ただ、少人数の会社ほど、一人の採用が利益と現場体制に与える影響は大きくなります。

今回のように売上規模は把握できていても、粗利率や一人当たりの利益貢献が見えていなければ、採用費をどこまでかけてよいか判断できません。

整理したい順番は次の通りです。

  1. 直近の粗利額と粗利率を確認する
  2. 一人当たりの売上と利益貢献を把握する
  3. 独り立ちまでの期間と教育負荷を見積もる
  4. 即戦力・未経験者・採用延期を比較する
  5. 採用を始める条件と時期を決める

「人が足りないから採る」のではなく、「独り立ちまで支えられ、その後に利益を生み出せるから採る」という順番に変えると、採用投資の判断がしやすくなります。

採用時期と育成体制を一緒に整理するために

「うちの粗利で何人まで採用できるのか」「経験者と未経験者のどちらを選ぶべきか」「今いる社員を育ててから採るべきか」といった判断は、会社の受注状況や教育体制によって変わります。

ネクスゲートでは、中小・専門工事会社の経営課題を、採用だけでなく、現場、組織、原価、デジタル活用まで横断して整理し、実行まで支援しています。採用後の教育体制や収支を含め、何から整理すべきか分からない段階でもご相談いただけます。

無理に採用施策や契約を勧めることはありません。まずは自社の場合に、どの数字と体制を確認すべきかを整理する場としてご活用ください。

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