3年で売上を伸ばした一方、防水・塗装部門に受注余力を残す関東の専門工事会社
神奈川県を拠点に関東一円で工事を手がける、十数名規模の専門工事会社があります。3年ほど前には約2億円だった売上が、直近では3億円台半ばまで伸びました。利益率も改善しており、会社全体が悪い状態というわけではありません。
ただし、部門ごとに見ると状況が異なります。経営者が自ら顧客を開拓してきた部門は比較的安定している一方、防水・塗装部門は低い受注水準で推移しています。職人の人数から見れば、今の倍近い仕事量にも対応できる余地がある状態です。
ある月には、会社全体で2,000万円を超える売上があったものの、防水・塗装部門は400万円弱にとどまりました。年間では利益が出ていても、経営者から見ると人と技術を十分に生かせていません。
経営者の感覚は明確でした。
「今年は売上を積み上げられたけれど、このままなら来年は良くて横ばい、悪ければ下がると思っています」
そこで、法人向けの営業活動やホームページを使った集客など、複数の営業施策を検討し始めました。しかし、社内から出てきたのは「今までどおり紹介でやっていけるのではないか」という意見でした。
会社全体の業績が伸びていると、部門ごとの遊休余力や来期の下振れリスクは社内で見えにくくなります。まずは営業施策の話より先に、どの部門にどれだけ受注余力があるのかを共有する必要があります。
「紹介でやっていける」と「来期は下振れする」の間で止まる営業投資
この会社で営業施策が進まなかった理由は、社員が営業に反対していたからだけではありません。経営者と現場側で、判断の前提と責任の範囲がそろっていなかったことが大きな要因です。
経営者は、売上推移、部門別の稼働状況、人件費、給与設計、来期の案件見込みまで見ています。案件が増えなければ、社員の処遇を上げる原資も増えません。新たな拠点を構える構想もあり、現在の売上を維持するだけでは次の投資に進みにくい状況です。
一方、現場側から見ると、営業投資は成果が確定していない支出です。営業先との面談や見積もりが増えても、受注につながらなければ対応業務だけが増える可能性があります。そのため、目に見えない営業活動に費用をかけるより、既存顧客や紹介を大切にしたほうが安全だと考えるのも不自然ではありません。
ただ、この会社では「紹介でやっていける」という意見に対し、直近2年ほど新規紹介の実績がほとんどありませんでした。現状維持を選ぶとしても、来期の売上をどう確保するかという具体策が必要です。
営業投資に反対することと、現状維持を選ぶことは同じではありません。現状維持も一つの経営判断であり、目標売上を達成する方法と担当者をセットで示す必要があります。
施策の好き嫌いではなく、判断材料と当事者意識が不足した社内会議
営業施策の話がまとまりにくい会社では、「ホームページがよいか」「営業支援を使うべきか」「紹介のままでよいか」と、手段の比較から始まりがちです。しかし、その前に決めるべきことがあります。
それは、来期にどの売上水準を目指し、どの部門の受注を、どの程度増やしたいのかです。
この会社では、防水・塗装部門に受注余力がありました。経営者は、あと1億円程度の売上を段階的につくりたいと考えています。一方で、社内にはそこまでの目標や危機感が十分に共有されていませんでした。
その状態で施策だけを提示すると、現場側には「経営者が外から持ってきた案を選ばされている」と映ります。経営者側には「代案を出さずに反対だけしている」と見えます。両者の間にあるのは、意欲の差というより、見えている情報の差です。
もう一つの背景は、判断する人と費用・成果の責任を負う人が分かれていたことです。経営者は、社員の意見を聞きたい一方で、経営面の判断をそのまま任せることには懸念を持っていました。
「失敗しても費用を負担する立場ではない人に、最終判断まで任せるわけにはいきません。ただ、自分で考えた案は出してほしいんです」
これは、中小建設会社で起こりやすい難しさです。経営者だけで決めれば実行時の納得感が弱くなり、社員に任せきれば投資判断の責任が曖昧になります。
社員には代案を考える役割と実行責任を持ってもらい、投資の最終判断は経営者が担う。この二つを分けることが、合意形成の土台になります。
すべての営業案を同じ項目で比較し、経営者が最終責任を持つ進め方
営業施策を前に進めるには、賛成か反対かを話し合うのではなく、すべての選択肢を同じ形式で比較できる状態をつくります。ホームページ、法人向け営業、紹介営業、現状維持のいずれであっても、次の項目をそろえます。
- 来期の目標売上と、対象となる部門
- 現在の売上との差額
- 必要な受注件数、見積もり件数、面談件数
- 想定する顧客と対象地域
- 期待できる効果と、その根拠や類似実績
- 社内の担当者と外部に任せる業務
- 検証期間と途中確認のタイミング
- 継続、修正、停止を判断する基準
特に重要なのは、売上目標から必要な行動量を逆算することです。
たとえば、追加で必要な売上を平均受注額で割れば、必要な受注件数が見えます。さらに、受注率から必要な見積もり件数を、見積もり化率から必要な面談件数を逆算します。
「毎日2社を訪問する」といった行動目標だけでは、営業投資の妥当性は判断できません。目標売上に対して、その行動量で必要な案件数に届くのかまで確認することが必要です。
また、期待効果の根拠もそろえます。営業支援なら、同じ施工領域や近い会社規模で、どの程度の面談や見積もりにつながったかを確認します。ホームページなら、制作そのものだけでなく、公開後の運用、集客費用、問い合わせ対応まで含めて考えます。
現状維持案も例外ではありません。紹介営業を続けるなら、次の点を具体化します。
- 誰が、どの既存顧客に紹介を依頼するのか
- いつまでに何件の接点をつくるのか
- 過去2年間に紹介が少なかった原因をどう変えるのか
- 目標に届かない場合、いつ別施策へ切り替えるのか
これにより、現状維持だけが「費用がかからない安全な案」として扱われることを防げます。受注余力を残したまま時間が過ぎることにも、機会損失があるためです。
進め方としては、次の順番が現実的です。
- 経営者が目標売上、受注余力、来期見込みを数字で共有する
- 経営者案と現場案を、同じ提案書の形式で提出する
- 必要案件数、根拠、社内負荷、修正しやすさで比較する
- 一度に複数施策を動かさず、受け入れ可能な範囲から始める
- 検証期間中は面談数、見積もり数、受注数を定期的に確認する
- 事前に決めた基準に沿って継続、修正、停止を判断する
この会社でも、複数施策が同時に成功すると経営者と現場双方の対応能力を超える懸念がありました。そのため、期待売上だけでなく、案件が増えたときに誰が初回対応し、誰が見積もりを行い、どこまで施工できるかも選定基準になります。
社員の当事者意識を育てるには、外部サービスの説明をそのまま聞かせて判断を委ねるのではなく、まず社内で自分たちの案をつくってもらうことが大切です。そのうえで、経営者が費用対効果と会社全体の方針を踏まえて最終決定します。
合意形成とは、全員の意見を同じにすることではありません。判断材料をそろえ、社員が実行に関わり、最終責任の所在を明確にすることです。
まとめ
営業施策への社内反対は、社員の危機感が足りないから起こるとは限りません。経営者だけが来期の下振れ、部門別の稼働、給与原資、投資余力まで見ている場合、同じ判断に至らないのは自然です。
必要なのは、営業手段の良し悪しを先に争うことではありません。
目標売上、必要案件数、期待効果の根拠、担当者、検証期間、修正・停止基準をそろえ、すべての案を同じ土俵で比較することが重要です。
現状維持を選ぶ場合も、誰が何をして売上を維持・拡大するのかを明確にします。社員には案を考え、実行に関わってもらいながら、投資の最終責任は経営者が持ちます。
この形をつくれれば、社内の賛否を乗り越えるだけでなく、営業施策を実行した後の振り返りや修正もしやすくなります。
自社に合う営業施策と社内の進め方を整理したい方へ
営業施策は、ホームページか営業支援かを先に決めるのではなく、目標売上、欲しい顧客、施工余力、社内の対応体制から整理すると選びやすくなります。
ネクスゲートでは、中小・専門工事会社の販路拡大をはじめ、現場、採用、組織、原価、デジタル活用まで横断して整理し、実行まで支援しています。「うちの場合はどの施策が合うのか」「社内にどう説明すればよいか」という段階でも問題ありません。
会社の現在地を一緒に整理することから始めます。無理に特定の施策を勧めることはありませんので、次の判断材料をそろえたいときにご活用ください。